梅仕事失敗?
インスタで見た丁寧な暮らし、始めてみたけど

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※登場人物は全て仮名ですが。実体験を元にしたお話です。

6月のある日、スマホをスクロールしていた私の指が止まった。

画面には、透き通ったガラス瓶に詰められた青々とした梅の実。白い塩が宝石のようにきらめいて、朝日を浴びた写真は、まるで雑誌の1ページのようだった。

「#梅仕事 #丁寧な暮らし #手仕事のある暮らし」

梅仕事。なんて素敵な響きだろう。コメント欄には「今年も始まりました!」「毎年恒例の」「娘と一緒に」という言葉が並んでいる。

そうか、世の中の意識高い系の人たちは、毎年こんな素敵なことをしているのか。

私だって、できる。いや、やるべきだ。添加物まみれの市販の梅干しより、自分で漬けた方が体にいいに決まってる。子どもの健康を考えたら、母親として当然の選択じゃないか。

翌日、私はスーパーの青果コーナーに立っていた。

南高梅2キロ、大奮発

「梅干し用 南高梅(L) 2kg」のパックを手に取る。2,980円。高い。でも健康への投資だ。それに市販の無添加梅干しなんて、もっと高いし。

カゴに入れながら、隣で梅を吟味している60代くらいのマダムが目に入った。手慣れた様子で梅を次々とパックに詰めている。ああいう風に、私もなりたい。来年は常連客として、店員さんと「今年の梅はどうですか?」なんて会話をするんだ。

その日の夜、私は参考にしたレシピサイトを印刷し、材料を並べた。

南高梅2kg、粗塩400g(18%で計算。レシピサイトで学んだ)、35度のホワイトリカー少々、保存容器5リットル、赤紫蘇は後日。

完璧だ。

梅を一粒ずつ優しく洗い、竹串で丁寧にヘタを取る。この作業、なんだか癒される。スマホで写真を撮った。いい感じ。これは絶対インスタ映えする。のか?(へそのゴマ取ってる感覚に近いけど・・・)

水気を拭き取り、ホワイトリカーで消毒した容器に、梅と塩を交互に重ねていく。レシピ通り、完璧に。

最後に塩をかぶせて、蓋をした。

さあ、梅酢が上がってくるのを待つだけ。レシピには「3日〜1週間で梅酢が上がってきます」と書いてある。

「#梅仕事デビュー #手作り梅干し #無添加生活」

その夜、私は初めて梅仕事の投稿をした。いいねが15もついた。

梅酢、上がらない問題

3日後、容器を覗き込む。

梅酢、出てない。

いや、ほんの少しだけ、底に水分が見える気がする。でもレシピの写真みたいに「梅がひたひたに浸かる」状態には程遠い。

「まだ3日だし、大丈夫」

5日後。やっぱり少ししか出てない。容器を傾けると、サラサラと液体が移動するのが見える。でも、足りない。明らかに。

不安になってきた。

「梅酢 上がらない」

スマホで検索する。

「塩の量が少ない可能性」「梅に水分が足りない」「重しが軽い」

え、重し?重しって必要なの?レシピに書いてなかったけど…いや、ちゃんと読んでなかっただけかも。

夫が寝た後、キッチンで梅の容器と向き合う。重しになるものを探してペットボトルに水を入れて乗せてみた。でも、これで合ってるのか分からない。

7日後、10日後。梅酢は相変わらず、梅の3分の1くらいまでしか上がってこない。

深夜0時、検索地獄の始まり

そして2週間目の夜、私は完全にパニックになっていた。

スマホの検索履歴:

「梅酢 上がらない 原因」
「梅酢 上がらない 塩 追加」
「梅酢 上がらない 大丈夫」
「梅 カビ 見分け方」
「梅干し 失敗 食べられる」
「梅干し 梅酢不足 どうする」

検索すればするほど不安になる。「カビが生えます」「腐敗の可能性」「雑菌繁殖」。怖い言葉ばかりが目に飛び込んでくる。

ちなみに、この時期の私は子どもの小学校の係決めでもモヤモヤしていて。広報係になりたかったのに、ジャンケンで負けて保健係になってしまって。保健係って、年に3回も集まりがあるらしい。3回って多くない?そんなに集まって何話すの?

いや、今はそれどころじゃない。梅だ。梅の方が大事だ。

毎晩、容器を覗き込む。梅たちは元気そうに見えるけど、本当に大丈夫なんだろうか。このまま失敗したら、あの2,980円が…。

「梅酢 売ってる」

絶望的な気持ちで検索してみた。もしかして、梅酢だけ買い足せるんじゃないか。そんな都合のいい話があるわけ…

あった。

「梅酢(白梅酢・赤梅酢)各種取り揃えております」


楽天にもありました。500円で

え。

え?

梅酢って、売ってるの?

スーパーの梅コーナーで見た真実

翌日、半信半疑でスーパーの梅コーナーに向かった。

あった。

普通に、棚に、梅酢が並んでいた。

白梅酢500ml、780円。赤梅酢500ml、880円。

「梅干し・梅漬けの失敗救済に!」というPOPまで付いている。

失敗救済って…つまり、私みたいな人、他にもいるってこと?

呆然と立ち尽くしていると、隣で60代くらいのマダムが梅酢を2本カゴに入れた。

あ、この人、2週間前に梅を買ってた人だ。

「あら〜、今年は梅酢買っとこうかしら。念のためにね」

念のため。

念のため、って。

ベテランでも買うんだ。それって、つまり普通のことなんだ。

私がこの2週間、深夜に検索しまくって、不安で眠れなくて、毎朝容器を覗き込んで、「私、梅干し作りに向いてないのかも」って落ち込んでいたこと。

全部、梅酢を買えば解決してた。

その日、私は白梅酢を2本購入した。帰宅して、そっと容器に注ぐ。梅たちがゆっくりと梅酢に浸かっていく。

ああ、これだ。これがレシピで見た風景だ。

なんだか、急に全てがうまくいく気がしてきた。

来年の私へ

それから1ヶ月後。

赤紫蘇を加え、土用干しをして、私の梅干しは無事に完成した。少ししょっぱいけど、確かに自分で作った梅干しだ。

市販のものより体に良さそうな気がする。いや、絶対良い。だって、私が作ったんだから。

スマホのメモアプリに、来年のために書き残した。

「梅酢は最初から買っておく。恥ずかしくない。賢い選択。」
「検索地獄に陥る前に、スーパーに行く。」
「重しは最初から用意する。」

そして、#梅仕事完成、のハッシュタグで投稿した写真には、28個のいいねがついた。

コメント欄に、知らない人から「初めてとは思えない出来ですね!」と書かれていて、少し罪悪感を覚えた。

まあ、梅酢を途中で足したことは、言わなくてもいいよね。

キッチンの棚に並んだ梅干しの瓶を見ながら、来年は南高梅3kg買おうかな、と思っている自分がいる。

懲りない。でも、それが梅仕事の魔力なのかもしれない。

失敗も、検索地獄も、全部含めて、私の初めての梅仕事。

保健係の初回集まりは来週だけど、手土産に自家製梅干しのおにぎりでも持っていこうかな。

 

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